アメリカ生活「選べる」私になるために もっと詳しく

なんでこんなに心削られる? 在米日本人の疲れを〇〇で紐解く

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アメリカに来て十数年。英語も、生活も、それなりに回ってる。子どもの学校も、仕事も、そつなくやっている。(え、私なりにね。笑)

でも、今でもふとした瞬間に襲ってくるんですよね。

なんか、めっちゃ削られる〜

渡米直後はこれが毎日だったんですが、
あなたはこう感じたことないですか?

・スーパーで買い物してるだけなのに、どっと疲れる
・レジの人が何言ってるか聞き取れなくて、
 何度も聞き返して、最後は「OK, thank you」でごまかす
・家に帰ると、ソファに倒れ込んで動けなくなる
 そのままスマホで時間を溶かす

あーれ。今日、何したっけ?

別に、何もしてない。
でも、しんどいのは事実なのだ!

この”しんどさ”、誰かに説明しようとしても、うまく言葉にならないんですよね。「大変だね」って言われても、その”大変”が、どこから来てるのか自分でもわからない。夫に「早く寝たら?」って言われるとなんか余計に腹たつ。

ナンジャコリャ。

目次

あれ?私、気づいたぞ?

最近、またどかーんと落ち込むことがありまして。ホリデーシーズンを終えて気が抜けたんでしょうか。
そんなときは、いつも大好きなポッドキャスト「COTEN RADIO」で生粋の歴女として没頭するんです。気になる方はこちらから👇

で、たまたま聞いた回は、「世界三代宗教」

(え、やばいやつちゃうん?笑)

その中で、仏教の「四苦八苦(しくはっく)」について話されていたんですね。あぁ、苦労するって意味ね。知ってる知ってる……って思ってたんですが、聞いてたら、全然違ったんです。

これ、2500年前にお釈迦様が説いた仏教の教え。
「人が生きる上で、避けられない8つの苦しみ」のこと

え、仏教? 私、全く信心深くないし、お寺とか全然詳しくないんだけど…でも、聞き進めていくうちに、背筋がゾクッとしてきたんです。

これ、まんま私のことじゃん。
いや、アメリカ生活でしんどい人
全員これじゃん??

もしかして、アメリカ生活のこの消耗感も、ぜんぶ「四苦八苦」で説明できるんじゃない? そう思って、一つずつ当てはめてじっくり考えてみました。そしたら、

全部ハマりすぎて怖わすぎました。

アメリカ生活の”消耗”は、何が違うのか

まず、気づいたこと。
日本にいた頃と、何が違うんだろう?

思考コストが、常に高い。

日本にいたら、値段の見方も、
レジの流れも、袋詰めのタイミングも、
ぜんぶ「無意識」でできましたよね?

でもアメリカでは、
その”無意識領域”が、全部”意識領域”になる。

買い物に行くだけで、
  ・単位がポンドとオンス(グラムじゃない)
  ・レジで突然クーポンの話をされる
   (クレカはいらん!え?寄付?)
  ・「Milk in the bag?」って聞かれる
   (マジでどっちでもいい。)
  ・チップを払うかどうか判断する
   (セルフレジなのに!?)

「デフォルトで不利」っていう構造。

日本で積み上げた「当たり前」が、
ここでは通用しない。

全部、一から考え直し。

これ、別にアメリカが悪いわけじゃないんです。体調いい時は全然気にならない。でも、確実に消耗する。

何もしてないのに疲れてる。

この正体が、やっとわかった気がしたんです。

2500年前の仏教が、なぜだか
今の私たちにハマりすぎる理由

あのー私、仏教とか全然わかりません。除夜の鐘はうつし、初詣にはいきますけども。

でもごめんなさいね〜お盆?あれ何するの?
やったことないです。そんなレベル感。

で、四苦八苦。まず前提を確認したら、
これも驚きました。

「四苦八苦」って、
「人生つらいよね〜」っていう話じゃない。

本質はこれ。

人は、変えられない現実に
「こうあるべき」を重ねた瞬間に苦しむ。

え、ちょっと待って。それって、まさに今の私では?

「アメリカでも、日本みたいにスムーズにいくべき」
「英語も、ちゃんと理解できるべき」
「キャリアも、ちゃんと続けられるべき」

「〜べき」が、全部苦しみを生んでる?

あれあれあれ???そう思ったら、
急に「四苦八苦」が気になってきませんか?


ではここから、一つずつ見ていきましょう。

生苦 — 存在してるだけで消耗する

まず、「生苦(しょうく)」。「生まれる苦しみ」?
は? 生まれた時のこと、覚えてないけど?……
って思ったんですが、、ちゃんと調べたら違いました。

「生きてるだけで、エネルギーを削られる状態」

あ。これだ。

スーパーで買い物してるだけなのに、レジで何言ってるか聞き取れなくて、何度も聞き返して、最後は「OK, thank you」でごまかして、家に帰ったらソファに倒れ込む。「今日、何したっけ?」 別に、何もしてない。スーパー行って買い物しただけ。

渡米直後から1,2年は、ずっとこれでヘトヘトでした。
ヘトヘトじゃなくて、もうへっとへと。

だって日本にいたら無意識でできたこと、
ぜんぶ”意識”しないとできないんですよね。

判断のコストが、常に高い。

あぁ、これが「生苦」か。存在してるだけで、消耗する。 日頃の‘へとへと’の正体をやっと言語化できた気がしますよね?

老苦 — 昨日の自分が通用しない

次、「老苦(ろうく)」。「年を取る苦しみ」?
私、まだそんな歳じゃないし……って思ったんですが、これも違いました。

「昨日の自分が、今日通用しない」という苦しみ。

あ。これも、完全に刺さります。

日本で積み上げた学歴・キャリア。それなりに評価されて、それなりに自信があった。でもアメリカに来た瞬間、全部リセット。履歴書には書けるけど、誰もその価値を知らない。

「前はこうだった」って話をしても、
「へぇ、そうなんだ」で終わる。

時間をかけたはずの自分が、ここでは、
ただの”誰でもない人”。

アイデンティティの一時停止。

「私は何者だったのか?」「これから何者になれるのか?」その答えが見えない恐怖。これが「老苦」。

病苦 — コントロールできない領域が増える恐怖

次、「病苦(びょうく)」。これは「病気になる苦しみ」
健康だから大丈夫……って思ったけど、またもや違います。

「思い通りにならない身体・心」の苦しみ。

あ、これもですよね?

子どもが熱を出した時。日本なら小児科に電話して、その日のうちに診てもらえた。

でもアメリカでは、まず保険を確認、ネットワーク内のクリニックを探す、電話する、「1週間後なら空いてます」。「え、今、熱あるんですけど…」

医療も、保険も、子育ても、全部が”ブラックボックス”。
自己責任を問われるのに、選択肢が不透明。
ちゃんとやってるのに、詰む。

これが「病苦」。
コントロールできない領域が増える恐怖。

死苦 — 「あの頃の私」を手放す怖さ

最後、「死苦(しく)」。これは文字通り「死ぬ苦しみ」でしょ? まだ生きてるし……って思いますが、もう予想できますよね。これも違うんです。笑

「役割・居場所・物語の終わり」の苦しみ。

はい、刺さるー

日本にいた頃の写真を見ると、ちょっと胸が苦しくなる。友達と笑ってる自分、仕事してる自分、”居場所”があった自分。あの頃の私は、もう戻らない。 帰国しても、完全には戻れない気がする。

海外に来ると、日本にいた頃の「私」は、”過去形”になる。でも、脳はそれを受け入れたくない。

過去の自分に執着するほど、今の自分が苦しくなる。

これが「死苦」。
ここまで全部、ドンピシャじゃないですか?

「八苦」を当てはめたら、もっとハマった

ここまでが「四苦」。生・老・病・死。
で、ここに4つ加わって「四苦八苦」になるんですが、この残り4つが、また…完全にアメリカ生活あるあるなんです。

愛別離苦 — 「当たり前」との距離

「愛別離苦(あいべつりく)」
愛する人・ものと離れる苦しみ。

あぁ、これは分かりやすい。日本の家族、友達、物理的に離れてる。でも、深掘りするとそれだけじゃなかったんです。

言語とも、離れてる。

日本語で冗談を言って、その場の全員が笑う。あの感覚、アメリカじゃ味わえない。英語で話せても、「ニュアンス」は、届かないんですよね。

文化とも、離れてる。

「空気を読む」って概念、「察する」って距離感。アメリカにはない。というか、説明できないじゃないですか…悔しい〜

「当たり前」だったものと、離れる。
それが、愛別離苦なのです。

怨憎会苦 — 理解できないものと、毎日向き合う

「怨憎会苦(おんぞうえく)」
嫌いな人・ものに会う苦しみ。

って聞くと、「嫌な上司」とか「苦手な人」みたいな話かと思いますよね?もっと広く考えてみてください。

理解できない制度に、毎日向き合う。

学校・保険の仕組み、チップの文化、「at-will employment(いつでもクビにできる雇用形態)」。理不尽だと思っても、「そういうもの」として受け入れるしかない。

価値観の衝突から、逃げられない。

「自己主張しない存在価値なし」の文化、
「訴訟リスク」を常に考える社会、
「個人主義」と「孤立」の境界線の曖昧さ。

日本の価値観では測れないものと、毎日、向き合わされる。避けたくても、避けられない。 それが、怨憎会苦なのです。(深っっっ!)

求不得苦 — 安心が手に入らない構造

「求不得苦(ぐふとっく)」
求めても、得られない苦しみ。

これが、一番キツいと私は思います。

「安心」が、手に入らない。

日本にいた頃は、「ちゃんとやってれば、なんとかなる」って感覚がありませんでしたか?でもアメリカでは、ちゃんとやってても、突然詰む。保険が通らない、書類に不備があったと言われる、「そんなルール、聞いてない」が日常。「正解」が、見えないんですよね。

「保証」が、存在しない。

日本のセーフティネットに慣れてると、アメリカの「自己責任」は、容赦ない。仕事を失ったら、保険も消える。貯金がなかったら、終わる。「まぁなんとかなるよね」って言えない。

「居場所」も、すぐには得られない。

「ここが自分の場所だ」って感覚です。日本では、時間をかけて築けた。でもアメリカでは、何年いても、「どこか、借り物」感が消えないんですよね。(だからって日本に帰ればそれがあるかと言えばそうでもないんだが。)

求めてるものが、手に入らない。 それが、求不得苦。

五蘊盛苦 — 情報と役割の過多で自分が分裂する

最後、「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」

これ、一番難しい。てか「五蘊(ごうん)」って何?笑

「五蘊盛苦 」とは、「心身の活動すべて」のこと。

「盛苦」は、「それが盛んになりすぎて、苦しむ」って意味だそう。
つまり、生きてること自体が、苦しみになる。

…え、それって「生苦」と何が違うの? って思いますよね。私は、こう考えたら腑に落ちました。

「情報・役割・感情が多すぎて、自分が分裂する」

アメリカ生活では、全部を自分で判断しないといけない。

子どもの教育、キャリアの選択、医療の判断、ビザの更新、税金の申告。もちろんパートナーも助けてくれるしそこは助け合っていきたいところ。でもさ?日本にいた頃は、「誰かに聞けば分かる」「標準的なルート」があった。

それがアメリカでは、
全部、自分で調べて、決めて、責任を取る。

さらに、役割も、増える。

仕事(もしあれば)、家事、育児、英語の勉強、子供の日本語教育、文化への適応、日本との連絡。

「私」が、何人もいるみたいになる。

で、どの「私」も、ちゃんとできてない気がする。心身の活動が、キャパを超える。 それが、五蘊盛苦。

苦しみの正体は、「執着」だった

ここまで全部、当てはまってませんか?仏教って今まで全然未知の世界だったしちょっと斜め横から見ていたんですが。なんかびっくり通り越して、引いてます。笑

でも、ここまで読んで、ちょっと待てよ、って思った賢いあなた。

じゃあ、どうすればいいの?

「四苦八苦」って、ただ「人生は苦しいよね〜」って話なの? そんなの、聞きたくないじゃないですか?

しかも解決策がないなら、知らない方がマシだったかもしれないじゃないですか?

え?私はちょっとひねくれているのでそう思いましたよ?笑

で、さらに調べてみました。

そしたら、もう一つ、核心にたどり着いたんですね。

「苦しみの正体は、執着(しゅうちゃく)」
これだ、コレだ、KOREだ!

仏教では、人が苦しむのは、外的要因じゃなくて「こうあるべき」っていう執着だって言うらしいんです。

若さに執着するから、「老」を苦しむ。
健康に執着するから、「病」を苦しむ。
生命に執着するから、「死」を苦しむ。

つまり、苦しみは、「変えられない現実」に、
「こうあるべき」を重ねた瞬間に生まれるということ。

…で、ハッとしました。

私、今まで全部何かのせいにしようとしてたけど
もしや
「日本のままの自分」で生きようとしてたからなのでは?

例えば。

「英語ができないから苦しい」
「息子たちが日本語が話せないのは私のせい」じゃなくて、
「日本語話者としての自分に執着してるから苦しい」

「アメリカの医療制度がクソだから苦しい」じゃなくて、
「”正解”が見えることに執着してるから苦しい」

「キャリアを失ったから苦しい」
「日本だったら何でもできるのに」じゃなくて、
「”過去の自分”に執着してるから苦しい」

こうなると戦う相手が、変わってくるんですよね。

アメリカでも、日本でも、英語でもなく、
「こうあるべき」っていう自分の中の声

これが、仏教を”思考のフレーム”として使う、ってことではないかなぁとここまで調べて思いました。苦しみを消すんじゃなく、構造を見抜いて、付き合い方を変える。(うわぁ〜仏教ってマジで哲学なんですよね。)

「手放す」って、「諦める」ことじゃない

でも、ここまで読んでくださった根気強いあなた。
最後に私の気づきを。

「執着を手放す」って、「諦める」ってことじゃない。

「日本語話者としての自分を手放す」って、
 日本語を捨てることじゃない。
「日本語じゃないとダメ」って縛りを、緩めること。

「キャリアへの執着を手放す」って、
 キャリアを諦めることじゃない。
「過去の肩書きがないとダメ」って縛りを、緩めること。

「正解への執着を手放す」って、
 正解を求めないことじゃない。
「正解が見えないと動けない」って縛りを、緩めること。

「手放す」って、
「それがなくても、私は私として生きていける」
って信じることではないでしょうか?

「You are already enough, who you are. 」
 ということなんです。

そう気づけたら、ちょっとだけ、楽になりませんか?

「選べる自分」になるということ

四苦八苦を知って、一番腑に落ちたこと。
それは、「選べる自分」という私の発信テーマが間違っていなかったということです。

「アメリカ生活、こうあるべき」って縛られて、、、

日本みたいにスムーズにいくべき、英語も、ちゃんと理解できるべき、キャリアも、ちゃんと続けられるべき。でも、それって全部「執着」だったのかもしれません。

今回「〜べき」を違う角度から考えたら、見えてきたものがありました。

選択肢」

例えば、
「日本語じゃないとダメ」を手放したら、
 日本語だから価値がある発信する選択肢が見えてきた。

「過去の肩書きがないとダメ」を手放したら、
 新しいキャリアを作る選択肢が見えてきた。

「正解が見えないと動けない」を手放したら、
 不完全でも動き出す選択肢が見えてきた。

「選べる」って、自由。

でも、「選べる自分」になるには、もう一つ必要なものがある。知識です。

アメリカで生きていくなら、お金の知識は、ただの「得する情報」じゃない。選択肢を増やす武器なのです。英語でも「Knowledge is power」と言いますよね。

401kって何? Roth IRAって? HSAって何がすごいの? Taxって、どうやって最適化するの?

知らないと、選べない。知ってると、選べる。

豊かさって、お金の量じゃなくて、選択肢の数。

「やりたいことがあるのに、できない」
「辞めたいのに、辞められない」
「帰りたいのに、帰れない」。

それって、選択肢がないからではないですか?
もしくは自分で選択肢を潰してしまっている。
(私は本当にそれをやりがち。)

今回、にわかながらも少し仏教について勉強し、四苦八苦を知って、「苦しみの構造」が言語化できました。

そして、今後も「選択肢を増やす知識」をどんどん吸収して、発信していくこと。それが、私がこのブログで伝えたいことだと改めて確信できました。

アメリカ生活で役立つお金の話。
そして、「選べる自分」になるための知識。

在米10年以上経ちますが、まだまだしんどい日だってある。でも、選択肢が増えると、ちょっとだけ自信になる。そして、ちょっとだけ、未来が楽しみになる。そんな日があなたと一緒に増やせていけたらいいなと思っています。

今日も全方向に優しい1日でありますように。


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この記事を書いた人

国際結婚15年目、フロリダ在住。二人の男の子ママ。
人一倍感受性強く、好奇心旺盛。でも気にしいで疲れやすいHSP(繊細さん。)
まったくキラキラしていないアメリカ生活で一旦粉々になった自己肯定感。それでも地に足つけて、泥臭く、アメリカでも「自分」を取り戻していくプロセスとその中で得たアメリカ生活のお金の知識(=ライフスキル)をお話ししています。

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